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2005年3月 9日 (水曜日)

兄弟故に

私の仕事場は兄と一緒である。
兄弟だから忌憚のない意見を言い合い、うまくいくというかというとそうでもない。
これは多分に私に原因がある。頑固でひねくれ者という自覚症状があるからだ。
だが、相手にも問題がないとは言えない。
つまり、どっちもどっちということなのだろうが、お互いに引けない部分があり、譲れる部分がある。
問題は、引けない部分と譲れる部分が兄弟故にか共通していることだ。
兄がこれは譲れないという部分を弟が譲り、弟が譲れない部分を兄が譲る。それが平和になる元なのだろうが、これは譲ってもいいという部分が同じで、譲れない部分も同じなら、事態は平行線をたどりけんか腰にならざるを得ない。
もちろん、年長の兄をたてて、弟が譲れない部分も譲れば問題は起きないのだが、弟の私が意地っ張りであるからして、譲るときも喜んで譲るということをしない。

「納得できないけど、じゃあ、それはそちらの意見のままいこう」と素直に、相手の意見を尊重できないのが悪い部分である。
だが、本当に納得できないのだから、正直に意見を言えと言われると堂々とそう言ってしまうのだ。
そうなると、兄は兄で「お前が納得してこちらの意見が通るならいいが、無理矢理こちらの意見を通すのはいやだ」と言うので、意見は平行線の一途をたどり建設的にならない。
おそらく、心の中では納得できないことでも、相手の意見をいいねぇとか言いながら賛成できるようになれば、穏やかな日々を過ごせるようになるのだろうが、自分の心を偽りながら相手を立てるという境地にはもう何十年かかっても達せそうにないのが現状だ。

とうわけで、今日も今日とて仕事場で…

たぶん、兄弟でなくて赤の他人なら、心の中で馬鹿にして表面を取り繕うことももう少し簡単にできるのでしょうが、兄弟故にそれが出来ないのです。

兄弟喧嘩は死ぬまで続くしかないのでしょうか?

この記事は『まさか・TOKYO  寺尾聰』を聴きながら書きました。(iPod1482曲からシャッフル中)

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